此処は、僕の場所。
想いのままに不定期更新。

2017   7  1

おじさんのお墓見つけたよ。
格好わかり易い場所にあった。
近くにワンちゃんと英語が目印になるから、探しやすいね。
偶然かな?それとも僕らがわかるようにと其処を選んだのかな。?

よくお世話になって、でも何もしてあげられなかったおじさん。
奥さんは先に逝って、子供もいなかったおじさん。
最後の最後までお世話になったから、これからはできるだけお参りに行くね。
今度はお花とそして生前よくおみやげに買ってきてくれた、あの ”ひとつ鍋”(最中) も買っていくね。


2017   6 26

漫然とした不安がある。
過去からそして今も。

誰かが株の金で、車を買ったって。
少しは良かっただろう?
でもね、仮に宝くじが当たっても、やっぱりそれはね。
少しの喜びにすぎない気がするんだよ。
リアルな今の少しの喜びや悲しみたちなんて。

ねえ、鉛筆をなくして、便箋もないんだ。
だから、もう LETTER が書けないよ。

記憶の欠片たちが、おぼろげになっていく。
でも、最後の最後の欠片だけはね。

漫然とした不安がある。
でも、僕はこれからも欠片たちと生きていく。


2017   6 18

先日、ジムニーが来た。
アルトくんは15万キロ制覇してヘタリ気味だから、
今年の12月の車検は取らず廃車予定。
冬の最強の車(ジムニー)が格安で見つかったので、ついつい買ってしまったよ。
通勤あんど私用にはハスラー。
バイトには12月まで、アルトで以降ジムニーくん。
少し贅沢かもしれないな。
でも、冬の早朝はジムニーじゃないと大変なんだよ。
除雪車なしの吹き溜まりの道は、ほんとにさあ・・・・

早朝のバイトくんも多分あと数年だ。
本業もあと6年だろうか。
その数年は、ジムニーで遊ぶよ。
夏は林道探検でもするよ。

MONGOL 800 こいのうた。
なんかキュンとする。



2017   4 21

所々に残雪が残っていて、とけている地面からは、
フキノトウが顔を出している。
福寿草も花を開きそうだ。

そろそろタイヤでも交換しようか。

今月末はあなたの命日ですね。
2年前のあの日は、もう桜が咲いていましたね。
4月中の桜なんて、多分もうないだろうと思います。
だから、あの日を忘れることはないでしょう。
ねえ、母さん。



2017   4 11

例年より少し早めに春が近づいているようだ。
明日は、また少し戻って雪景色。
いっそ素直に春になれば好いのにね。
桜はまだまだだけれど、春になって、早く咲けば好いのにね。

行きつ戻りつ、でもいつか春はやってくる。
僕もまた、いろいろなことに、
行きつ戻りつ、そう、やっぱり行きつ戻りつ。

何も思わず、何も感じず、何も望まず、
そんな僕であれば好いのだろう?



2016  12  9 

もう師走なんだな。
今年は散々な年だった。
台風が二度も来て、大雨集中豪雨、そして災害。
今年は冬も早くて、11月には根雪になった。
最近、時がたつのが早い気がするのは、年のせいかな。

人の一生って、平凡であればいいと思う。
宝くじに当たることはなくとも、事故や災害にさえ当たらなければ好い。
その時間に其処にいただけで、事故にあう人もいれば、
いつもと少し違った時間だっただけで事故にあわないこともある。
ひとや金に悩み苦しむ人もいれば、順風満帆な人もいる。
昨日笑っていた人が今日は苦しんでいる。
人生ってなんだ。

だから、僕は思うんだ。
平凡な人生がね、多分、一番好いんだって。



2016  9 2

ひとたび事故や災害が起こった時、よく耳にする言葉。
 ” 想定外 ”
想定できなかったのかもしれないけれど、
でも想定外が起こるとね、口では言えないくらい大変なことになるんだよ。

その場所では、ヘドロのような泥をかき分け、家具を出していたよ。
時折ため息をついて、でも、一心に片付けていたよ。
放送局の人の取材が、ちょっとだけ邪魔だなと感じた。

そういう僕だって、荷物の受け取りか保管かの確認はするものの、
受取人様に届けなきゃいけないから・・・。

ある道路の北と南で線を引いたように被害の差が著しい。
たまたまそこにいただけで、ほんの数メートル離れていただけで、
肩や泥まみれの家と無傷の家。
非情だと思う。

生まれの貧富の差だってそうだ。
世の中なんて、決して公平じゃないんだ。

そう、思うよ。


2016  8 14

久しぶりに此処に来たけれど、僕は至って元気です。

思い出の場所に行くのが好い。
お墓を散策するのが好い。
過去の欠片を眺めるのが好い。

休みの関係で、今日が僕のお盆。
いろんなことを想いながら、墓参りと仏壇に線香をあげましょう。

父方母方それぞれの叔父が入院中。
みんな高齢だから、これから何があってもおかしくないのだけれど、
僕も含めて体だけは大事にしなきゃな。
僕にはなんにもないけど、攻めて体だけは大事にと思う。

リオも甲子園もみんなかんばっているね。
でも、僕は此処でひっそりこっそり生きていますよ。

僕の中のいろんな欠片、いとおしくそっと眺めています。


2016  1 11
いまどこかで、新しい命が生まれ、傍らでその人生を終え、
ひとが、笑い、喜び、苦しみ、悲しんでいるんだろう。

子だぬき君は、孫だぬきくん2ひきを伴って、古巣へやってきました。
孫はちん○ん君とちん○んないん君。
生みわけたなあ。
女の子は首も座ってないけど、かわいいなあ。
なんだろうな。きゅんきゅんした。

そんな子だぬきたちも一昨日帰った。
騒々しい世界から、静まり返った世界へ逆戻りだ。
ちょっとものたりない、いつもの生活。

昨日はおやじの命日。
実家の兄が脳溢血で病院に運ばれた。
仏壇で命日の線香を上げようにも、そんなこんなで、
実家が留守なので、お墓で線香をあげてきた。
お墓は雪がはねてあった。
それがちょっとうれしかった。
兄のことも含めいろんなな思いとともに、線香をあげた。



2015  11 22

 日々のことを書いてみる。
10月より、全国民を巻き込んだあのことにより超激務が続いていて、
年末にかけても、国民の年中行事のあの件でさらに激務は続く。
今年は、おふくろが亡くなり喪に服しているので、今年の状況は非常に厳しい。
まあ、目標ですから(決してノルマじゃあないですから)・・・・・・

 ここ数年、体に老化の波が押し寄せ、白髪や老眼もそうなのだけれど、
足腰・肩の”張り”に悩まされている。
定期的に体と心のリフレッシュにと、マッサージ屋さんに行っている。
いろんな所に通ったが、此処は僕には相性が好いようだ。
 ぽんぽこ、尻圧・・・(ひとりごと)
ツボにハマると飛び上がるほど痛いのだけれど、それがまた妙にハマるのである。

 アラレちゃんの真っ白車、快調です。
ちょこっと街乗り程度にドライブ三昧の日々です。
アルトの時はさほど洗車もしていなかったのだけれど、今は定期的に磨いている。
この車も僕との相性が好いのだ。
 



2015  8  7

今日は北海道の七夕ですね。

近況です。
・子ダヌキ君の子の子々タヌキ君(孫♂)との月数回の再会が楽しみ。
会えないときは写メール画像でにたにたしてます。
そのうち二匹目か?

・ハスラー買いますた。
純白のターボです。
オプション品をネットで買いあさりました。
(おかげでちょっとした普通車が買える値段になってしまった)

・車の支払いと孫の成長を糧に、もうちょっと元気で働けそうです。



この車の助手席はいつも?あいています。
どなたか助手席どうですか?(笑)


2015  5  3

ここ数日、晴天で、桜も見ごろで、本当に穏やかに時は流れていくのにね。
ねえ、連休前に桜が見頃なんて、生まれて初めてだよね。
ねえ、どこかで見ているかい。

母さん。
あなたを見送るために桜が咲いたんじゃないのかな。
あなたが亡くなる前日の晩、ずっとずっと聞こえていたあの音は何だったんだろうね。
実家の犬がずっと遠吠えをしていたから、会いに来たのかな。
あの日、あと10分早く病院についていればね。
冷たくなっていたけれど、やさしい顔で眠っているかのようだったね。
今まで、痛くて苦しかったんだろうから、最後の表情に救われたよ。 

追記(5/4)
昨日の晩も29日のように、何かざわざわして寝付けなかったけれど、
会いに来てくれたのかな。
30日に亡くなって、連休最後の6日は初七日だね。
農家の最盛期じゃなくて、子供たちの休みに併せるように亡くなったんだね。
迷惑かけないように死ぬから、と言ったあの言葉を守ったんだね。
いつだって、自分よりみんなのことを考える、母さんらしいよ・・・・

でも、無言で帰宅するあなたを向かえるように咲いていた、
東大演習林の桜並木が本当にきれいだったね。

2015  4 17

そのひとの表情は穏やかだった。
その日によってつらそうな時と状態の良い日がある。
夜通し付き添ったのは僕も初めてだ。

年輪を重ねたその顔は、深いしわと無数のしみにおおわれている。
昔から化粧なんて無縁だったな。
一生懸命働いて、真っ黒だったあの日の顔を思い出す。
そのひとは、小さい頃の不幸な事故で母の顔は覚えていない。
でも、このひとは昔はきれいだったから、きっと母親もきれいな人だったんだろうな。
写真一つも残ってないけれども。

おやじとの老後は、やっとゆっくりできる、安らぎの日々だったんだろう。
眠りにつくその顔を眺めながら、ふとそんなことを想った。


2015  4 11

そのひとは苦しそうだった。
なのに、僕は何もしてあげられない。
そっと、体をさすってあげている。
一日一日状態が変わり、会話ができる日もあれば、
苦しくてつらそうな表情の時もある。

じいやん(祖父)もおやじも最初の入院は肺炎だった。
おやじはその日から4か月の闘病となり、
最後は意識もなく、だから最後は痛みも感じなかったのだろう。

おふくろは、頭と食は良かったったのだけれど、
長年患ったリュウマチで、体のあちこちに痛みを抱え、
心臓にもだいぶ負担がかかっている。

また、今日、明日は普通に会話できればいいな。
明日の休みは顔を見に行くから、待ってろや。


2014 12 27

もう少しで今年も終わる今が、僕の最盛期。
連日の激務に肩はコリコリで心身ともに疲れ果てている。
クリスマスも正月も、最近は遠い存在で、実感もわかなくなった。

本日は久々の休日。
午前中は恒例の餅つきで、さっそくつきたてのお餅を、
納豆と雑煮ときな粉でいただいた。
突き立てはやっぱりうまいんだよ。
これだから少々面倒でもやめられない。
午後は、体のリフレッシュ。
マッサージで体をいたわりましょうか。
それと買い物をば。

さあ、あとは3日がお休みだ。
頑張って年末年始を乗り切ろうか。

2014  10 29 

昨日からの初雪は、どーんと積もるほどではないのだけれど、やむこともなく降り続けて、山も田畑も真っ白に染めていて、景色はまさにもう冬だよと言っている。

あの石仏を久し振りに見に行った。全ての石仏を巡ったのだけれど、ただ一か所にはお賽銭なのか、小銭が2枚置いてあった。そのお金は発行されてから、どんな場所と人を渡り歩いてきたのかな。いろんな人に出会ったのだろうな。いろんな想いを見たのだろうな。ねえ、僕を見てくれよ。ちっぽけな、僕の今を見て笑ってくれよ。なんだかわからないけれど、5円玉をその横に置きながら、そんな風に思ったんだ。

2014  9 23 


先週の日曜日、姪の結婚式に行ってきた。
姪の祖母(僕の母)も一緒だった。
母は、もうすぐ90歳になり、足腰もめっきり弱くなっていたので、
当初は出席できないと言っていたのだけれど、姪の母親(祖母の長女=僕の姉)と
僕は出たほうがいい。面倒見るから行こうと、強引に出席を勧めた。

僕の締めのあいさつもなんとかこなし、宴は無事終了した。
往復のバスでの途中トイレタイムに、杖をついて歩いているのだけれど、
その祖母の顔は晴れやかだった。
腰をかがめて自力でやっと歩いているのにね。

祖母はぽつりと言ったんだ。
「もう、これが多分最後になるから、出席してよかった。」

正直、僕は思うんだ。
時は確かに、確実に刻む。
それでもね、どうか、いつまでもね、元気でいてよ。
2014  4 27 

このところ雨らしい雨もなく、昼間などは本州と変わらないような温度です。
異常です。5月はしばれて、雨が続く気がします。
でも、今は多分、僕の人生でのどかで平和な時期を過ごしているのです。

”じぃじ” になりますた。
一粒種の子だぬき君は、今母親となりお乳を与える立場となりました。
ほんで、おらあ、”じぃじ” だす。
おちんちんがついていました。
大きくなれば、”じぃじ” とキャッチボールができると思われます。

今から数十年前、あれは暑い夏だったな。
生まれてすぐ集中治療室に入ったわが子が無事退院し、
我が家にやってきた日を思い出します。
昼間は暑く、夜は数時間おきにミルクを与え、睡眠不足で世話をしていたのが懐かしい。
僕を受けつぐ小さな命が、健やかに育ちますように。


2014  4 11 

現在の僕は、
髪が真っ白で、ど近眼+乱視+老眼で、万年肩こりです。
脳と体の衰えを感じながら、
それを認めて今日もこそこそ生きています。
最近はゲームをしています。
何もかも忘れて、奥深いゲームなどをしているのです。
なんか、引きこもりみたい。(苦笑)

不意に親父のことを思い出したよ。
感じるように、湧き上がるように、思い出したよ。
とうさん、最後の最後は不思議なことがいろいろあったね。
往年のとうさんは、とても立派だったよ。
最後の病床では、
医療関係者には手のかかる患者だったかもしれないけれど、
僕は、魂の足掻きだったんだと思うんだ。
最後の一人が駆け付けるまで、頑張っていたものね。
意識もないのに、ひ孫の呼びかけに返事をしたよね。
ただ息をしている、意識もない状態なのにね。
死の数日前の真夜中に、僕の自宅のチャイムを鳴らしたのは、
とうさんでしょう?
母さんは今も元気だよ。
足腰がだいぶ弱っているけれど、
会話も成り立つし、過去の記憶がとても鮮明で、びっくりするほどさ。
とうさん、会えるものなら会いたいとも思うよ。

なんでだろう・・・
ふと、思い出したんだ。


2014  3.  5 

この間いろいろあった。

思い切って買ったwin8.1 に、何かと手こずりまくっていた。
僕の古いadslモデムが不安定で、どうしてもうまくいかず、知人から譲ってもらったモデムで
何とかネットにたどり着いた。
どうも8.1は過去の環境とは相性が悪いらしい。
この言葉をつづっているエディターも8.1では使いにくくなった。
さまざまな場面での設定に、四苦八苦しつつなんとか自力でやっている。
それにしても、LANではなく有線のadslのネット環境は何かと不便だ。
毎回接続時に、IDとパスを入力しなければならないとは・・・・

早朝のお勤めは、何度かの吹雪にやられた。
そんな時は、車がはまり、歩いて歩いてこなすだけだ。
自然は、時に美しく、時に悲しく、時に優しく、時に非情だけれど。
それでも、やっぱり僕は、まっしろで冷たい冬の雪が好き。


2014  2.   2

此処は連日の雪で、すっかり例年の積雪になりました。
今年はシカや野鳥たちが少ない気がします。
例年なら、早朝に遭遇するしかも今年はまだ見ていないし、
天気の好い日には、庭先でさえずる鳥達も見ていない。

老眼の僕は、新聞を読むときはメガネを外し、
ラジヲやTVのボリュームは少し大きくなり、
柔らかい食べものを好んでいる。
そんな僕でも、ベーグルの硬いパンだけは好き。
硬いのだけれど、
あのモチモチ感と1ケ食べた後の満足感が好き。


2014  1. 7

年明けて、5日と今日が僕のお休み。
遅い正月を少しだけ味わいましょう。
うま煮と雑煮と少しばかりの料理でも、僕には十分です。

パソとミラーレス一眼のズームレンズ(15-200mm)を買わなくちゃ。
あとはとりあえず欲しいものもない。

夜明け前の暗闇で、穏やかな日も吹雪の日も
こそこそ動きまわって、日中も、とある制服に身を包んで、
やっぱりこそこそと動き回っている。



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2013 12.29

年末年始は、怒涛のお仕事フィーバーで。
まあ、いつものことだけど。
1月5日のお休みが僕の正月だな。
あとは、年末と元旦の天気が荒れなきゃいいなあ。

忙しいほうが好い。
その間だけでも、忘れられるから。

夜空に向かって 元気ですか と尋ねたら、
夜空は、うなずいているような気がした。
それだけでも、僕は嬉しいのです。


2013 12.21

最近ラジヲからよく流れる曲が好い。
詞の中身がよくわかる。
ひとは老いるものだとしても、
何かが生まれ、何かを想い、
僕らは生きているのだと。

僕の声は心の声。
風に乗って何処か遠くへ飛んで行けば好い。
流れるままに、おもひのままに。


2013 12.15

先週までは積雪がほとんどなかったのが、この数日でいつもの景色になってきた。
少しづつなら体も慣れるのだけれど、急な吹雪は堪える、トシ相応の自分が此処にいます。

あのひとは、米寿を超えて生きてきて、成立する会話と常識ある言葉は、僕を安心させてくれる。
足腰が弱く、食も細くなったけれど、まだまだ頑張れなどと想っている。
僕もそうありたい。
体のところどころが衰えようと、生きた証を小じわの一つ一つに刻んで。
小じわという勲章と其の表情に、穏やかで存在感のある、そんな風に老いていけたなら。
僕もそうありたい。


2013 11.24

其のイベントのビデオが出来上がってきた。
子だぬきくんと並んで花道を歩き、彼へと引き継いだ
其のひとは心境と歩く姿にすべてが現れていた。
ぎこちなくて赤面もので、苦笑するしかない。

連休の休みは久しぶり。
ある事のめどがついて、一安心の休日最終日。
外は快晴で、なんとなく清々しい。
今日は何をするでもなく、ぼんやりとこのお日様を感じていよう。


2013 11.06

笑っているとまわりも笑うよ。
怒っているとまわりもいらいらするよ。
悲しんでいると、まわりも悲しいよ。
一人じゃないんだ。
みんなどこかで繋がっているんだよ。

苦しい時は、助けてもらえばいい。
いつかきっと、あなたが助けることもあるのだから。

だから、前を見て。
だから、あなたのリズムで歩こう。
だから、ね。
笑顔が、好いんだ。


2013 11.02

其の笑顔と涙には、今までのいろんな想いがこもっていた。
嬉しい事も、悲しいことも、辛いことも、悔しいことも、あっただろう。 

今日は、お前たちが主役だから。
其の余韻に浸っていいのだよ。
明日からは、新たなスタートだから。
これから其の道は、二人で歩いて行きなさい。
僕は、背中を見守るよ。



衣装姿、綺麗だったよ。
おめでとう。


2013.11.1

あたりの風景は、黄褐色に染められていて、それはそれで真っ赤な紅葉とはまた違って、
まさに 晩秋 そのもので、僕のお気に入りの季節だ。
夜明けまえいつものように車で出かけると、空には細い細いお月さま。
其の月を見ながらのドライブの終わり頃は、夜もぼちぼちあけて、
黄褐色の景色が顔を覗かせる。
そんな何気ないことが、僕の気分を好くさせる。

あすは一人娘の子だぬきくんの晴れ舞台。
いろんな過去が蘇る。
ここ数日いろいろあったけれど、どんまい。 うん、どんまい!
あす僕は、着慣れぬ服を着て、ぎこちない身振りと微妙な笑顔でいるのだろう。


2013.10.21

つい一か月前までは、Tシャツで過ごせていて、先週は紅葉もきれいだったのに。
先日の大雪は、一カ月も早い初雪で、まさに災害そのものだった。

その日、朝6時はまだ雨だったのに、3時間ほど仮眠をとり、起きたら外は真っ白だった。
すり減ったタイヤだったのだけれど、其の時はまだ、みぞれだったので、強引に仕事に出た。
其れがその日最大の誤りだったのだけれど。
みぞれはいつしか重い雪となり、やむこともなくずっと降っていた。
その重みで、道路沿いの木々は、あちらこちらで折れて道路に覆いかぶさっていた。
日中から停電で、どうやら、折れた木々があちらこちらで電線を寸断しているらしい。
暗闇の中、ロウソクと懐中電灯で仕事をしたのは、生まれて初めての経験だ。
通行止めの間隙を縫ってなんとか帰宅できたのは、午前2時半だった。

忘れられない最悪の一日だった。


2013.9.27

今朝は、車のフロントガラスや、道路わきの雑草が白くなって、ジャンバーをまとってみても、体はぶるぶると震えた。
雑草を歩いてみるとバリバリと音がする。軽い水霜だ。
ああっ、もう秋なのだ。
来月の中旬あたりは、紅葉も見頃だろうか。


2013.9.23

今朝の寒さは、すでに夏が終わり、もう秋になのだと実感するには十分過ぎるものだった。
これでカン酒でも飲めれば好いのだろうけれど、下戸の僕はただただ震えているだけで。

たえず変わりゆくことが真ならば、未だ此処にいる事は、僕の僕なりの挑戦で、
それが真たることになるのかは、未だにわからない。


2013.9.21

あの夏の夜に見たホタルは、とてもきれいだったよ。
もうしばらく見ていないけれど。

此の僕は、あの青い頃から何も変わっていないし、これからもたぶん変われないのだろう。
感じたことを、此の想いなんてものを、心の奥に刻んで。
変わらないことを少し喜んで、変われないことを少し悲しんでいる。

時なんてものは、優しくて悲しいね。
此の肉体は、時の流れのまま少しずつ老いていく。
いつしか髪は白くなり、視力は落ちて、体は硬くなっていく。

それでもやっぱり、此の僕はあの日のままの僕なのだ。

今日も此の場所で、ひっそり息をひそめて生きている。